私にとっては登山でした。
ある2月の晴れた日に友人の岡田くんとハイキングに行きました。
前日の土曜日に岡田くんと私、それに友人数人と一緒に飲んでいたのです。
その飲んでいる途中だか、帰りだかに「明日ハイキングにいかへん?」って岡田くんが言ってきたのでした。
私だけでなくて友人達全員にです。
でもその時、「おもしろそうやし、行くわ!」と手を上げたのは私だけ。
その時はまったく気づいていませんでした。冬のハイキングがあんなに過酷なものだということにね。
翌日の日曜日、岡田くんが車で迎えに来てくれました。
私は普段着、たしか手ぶらで出掛けたかもしれません。
行き先は滋賀県です、琵琶湖横の湖西道路をしばらく快適にドライブして着いたのは北小松駅。
この駅前に車を止めて電車に乗り換えました。
車を降りたときに、岡田くんが登山靴に履き替えたりジャケットを着込んだり。
何やらチェンジしているではありませんか。
私はこのときになってちょっと不安になっていました。
「俺たちどこ行くの?」
岡田くんに聞くと、今日の目的地はリトル比良とのこと。
どうも比良山に登るみたいです。
目的地が分かっても不安です、だってハイキングって山の周りや田舎を歩き回るものではないのでしょうか?
山を登るって、それは登山ではないの??
ことばにはしませんでしたが、楽しみよりも不安が大きくなっていました。
山の麓は穏やかなものです。
天気は晴れていましたし、山の麓だから空気もおいしいです!
実際に山に登り始めてもそれは変わりません。
しばらくは、ただ岡田くんの後をついて登るだけでした。
でもしばらく登っているとだんだん状況が変わってきます。
足元には雪が積もってきたのです。
登山靴の岡田くんは足元が滑りにくいからよいかもしれませんが、私の靴はスニーカー、ちょっとした拍子にすべることだってあるのです。
そのうち山の自然を楽しむことがまったく出来なくなります。
だって膝まで雪に埋まりながら山を登っているのですから。
「岡田!、これハイキングと違うで!帰ろうや!」
何度岡田くんに引き返すことを提案したことでしょうか。
でも岡田くんはけっして引き返すことはありません。
のほほんと、「もう少ししたら休憩しょか」と言うくらいです。
どれくらい登ったのでしょうか?
そのうちにとても見晴らしのよい、視界の開けた場所に出たのです。
あの風景はすごかった。
ビビりながら苦労して登って、私が手に入れた風景です。
残念ながらカメラがありませんし、昔の話なのでスマホなんてなかったときの話です。
こころの中にだけ風景が存在しているのです。
あのビューポイントで休憩と昼食を食べてからでしょうか、少し気持ちに余裕が出来てきてきました。
それまではもし道に迷ったら死んじゃう!くらいに思えていたのにです。
余裕が出来ると周りが見えてきますよね。
山では右も左も分からずに同じ景色のように見えますが、進むべきコースはちゃんと分かるようになっています。
と言うか、迷わないようにどなたかがコースの節目木々にカラーテープを巻いていてくれているのです。
そのテープが巻かれている方向に進めば、迷わずに地上まで降りられる。
それはハイキングとは言えない、リトル比良にはじめて登って気がつきました。
体験しないと分からないことはありますね。
登る人たちには当たり前のことかもしれない、常識かもしれないことですが、私にはとても新鮮なありがたい体験でした。
ずぶの素人を雪山に誘う岡田くんもどうかとは思いますが、そんな友人が居たからこそ出来た体験でもあります。
と言うのも、その後にあれ以上の冒険はまだ出来ていないからです。
だからこそ、懐かしくて、今でも心のなかで燦然と輝いているのだと思います。
一番過酷でありながら、一番思い出深い、そんな、とある冬の日の体験でした。